難聴

見られるということについて考える

子供が小さいうちは本人は気が付かない。

本人は気にならないかもしれないけど親がその視線を感じ気になる。

そうですね、早ければ4歳、遅くても5歳ぐらいになればまわりの視線に気づき見られていることに対して感じることもあると思います。

補聴器であれ、人工内耳あれ関係なく、機械を耳にかけているので気にならない方が全体的に見て少ないかもしれません。

見られてどう感じるか

これも僕がよく言う本人の性格次第で変わってくると思います。

はいはい気になるのねどうぞご自由に見てください。なんなら何か教えてあげましょうか!?ぐらいになってくれればとは思っています。

もちろん小さいうちは無理ですが・・・

思春期の頃を過ぎるまでは難しいですか・・・でもそれぐらいになってほしい。

障がいの捉え方

障がいをマイナスに捉えないでほしい。

はーやんの場合は重度難聴ですので人工内耳を装用すればまわりと同じようにとは言いませんが、ある程度は聞くことができます。

装用しているから・・・装用していない時に比べれば聞こえに関して言えばまわりとい同じようなラインに立つことができる。

だから装用していることに対して自信を持ってほしい。

まわりに合わせてもらうのではなく可能な限り自分からまわりに近づいていく!大事なことです。

でも限界はあります。そこを自分自身で理解し、まわりにサポートしてもらえるよう自分の言葉で伝えてほしい。


親の課題

5歳になるころには難聴について少しずつ話していかなくてはいかないと思っています。

どのように話せば理解できるか、受け止めることができるのかじっくり考えていかなくてはいけません。

どのような反応をするのかも不安になることもありますが・・・

まとめ

自分の障害をどのように理解し捉えるかによって見られているときにどのように感じるか変わってくると思います。

まわりと違うことでマイナスに捉えているのなら見られることが嫌だろうし、まわりと違うから装用し、それが気になって見ているんだなと
思えるようなら嫌と捉えることはないと思います。

まあ見ている人の見方にもよりますが・・・